眼鏡のサンタさん

Saya

「メリー・クリスマス!」
そう言って一年ぶりにやってきた柿澤さんは、身長の半分くらいあるもみの木を抱えていた。

「いやー、重かった!投げ捨てたい衝動と戦うので大変だったよ」
「……勝手に持ってきてお前は何を言っているんだ」
不機嫌そうな彰人を無視して柿澤さんがくるりと私に向き直る。
「そういえば俺、沙耶ちゃんと会うの一年ぶりだね」
「あ、そういえばそうですね」
「久しぶり、元気だった?」
にっこりと微笑まれると、なんだかどぎまぎして居心地が悪くなってしまう。
大人の人のはずなのに、笑顔が無防備なんて不思議。

「それで、一体どうしろと言うんだ、これを」
「お前、クリスマスツリーが何なのかも知らないのか?」
もみの木を観察していた彰人が言うと、柿澤さんは大げさなくらいに目を丸くした。
「非常識なのは知っていたけれどここまでだとは。全く、お前は本当に救いようがない」
「……」
彰人もクリスマスツリーくらいは知ってると思うけど……柿澤さん、絶対知っていて怒らせようとしているよね。
「これはクリスマスツリーといって飾るための木だ。あ、枯らさない方向で育ててもいいと思う」
「……砕いて燃料」
「彰人、山小屋じゃないんだから燃料なんていらないよ」
「だめか?」
「うん、だめ」
「こらこら君達、せっかくのプレゼントを粗末に扱うのはいけないよ」
あ、これプレゼントなんだ。

「とりあえずツリーなんだからさ、飾ろうよ。このままだと寂しいし」
「飾るって、何をだ?」
「バカだな谷川、それをお前が考えるんだよ」
「……」
「えっと、あの、オーナメントとか、一緒に売ってなかったんですか?」
「なんか怖い顔したトナカイとか、あんま可愛くない妖精とかだったから、ちょっとパスしておいた」
「パスしちゃったんですか」
「うん、折角なんだしもっといいもの飾ろうよ」
「いいもの、ですか」
そう言われても、心当たりがない。
「じゃあ、これはどうだ」
彰人が差し出したのは鮮やかな黄色い葉っぱだった。
「この間、綺麗な落ち葉があったので取っておいたんだが」
「もみの木に無関係の落ち葉飾るのは……変だろ?」
「私も変だと思う」
「……全否定か」
しょんぼりしている彰人が、ちょっと可愛い。
「あ、じゃあ、ジンジャークッキー、焼きますか?」
「クッキー?」
「人の形してるちょっと固いクッキーです。あれ、ツリーに下げたりしますよね」
「あー、あれ。うーん、でも今から焼くとなると面倒だよね」
「そう、ですか?」
そもそも焼くのは柿澤さんじゃなくて彰人だと思うけど。
「第一焼いてあるとはいえ、ショウガに砂糖の組み合わせって、どうかしているよね。ジンジャークッキーという聞こえのいい言葉によって普通に受け入れてしまっているけれど、今一度原点に立ち返ってクッキーにショウガを練りこむという行為の是非について考えてみてもいいんじゃないかな」
「お前は素直にショウガが嫌いだと言え」
「あははは、そうはっきりと言うなよ」
ジンジャークッキーもだめとなると、うーん。
「イルミネーション用の豪華なライトとかないの?」
「凄まじく安易な方法に頼ろうとしているな、お前」
「え、だってなんか考えるの面倒になってきた。てっぺんに俺の眼鏡飾って、それでよくない?」
眼鏡ツリー。
「それ、面白いです。柿澤さんが巨大化したみたいで楽しそう」
「でしょう?じゃあ早速」
眼鏡を外してツリーに飾ろうとする柿澤さんを彰人が制する。
「そんなもの飾られたら俺の気分が悪い。……いいからちょっと待っていなさい」
戸棚から取り出したのは、籠いっぱいのリンゴだった。
よく熟れてつやつやと輝いている。
「美味しそう」
「これなら飾りになるだろう」
「えー、俺の眼鏡はー」
「却下だ」

私が紐を結びつけたリンゴを、彰人と柿澤さんがツリーに飾り付けていいく。
「おい、あまり上にばかり飾るな。バランスが悪い。」
「お前の方で調整しろよ。沙耶ちゃん、リンゴちょうだい」
「はい、どうぞ」
「沙耶、こっちにも」
「うん、頑張ってね」

出来上がったツリーは確かに少しバランスが悪かったけれど、緑色につやつやとしたリンゴの赤色がよく映えてとても可愛らしかった。
ツリーを飾り終えた後はみんなでケーキを買いにいって、ボードゲームをした。
カヌーに乗って宝石を運ぶゲーム。
一番負けた彰人はワインを飲まされてすぐに眠ってしまったけれど、ずっと賑やかで楽しかった。

「クリスマスらしいクリスマスって感じだね」
ツリーを眺めながら柿澤さんが呟く。
「ツリーと、ケーキと……あ、あとはサンタさんがまだ来てないね」
「サンタさんって、私、もう子どもじゃないですよ」
私が笑うと、柿澤さんが目を丸くする。
「え、沙耶ちゃんの所にサンタさんもう来ないの?」
「少なくとも去年は来てないですね」
この家には煙突もないし、そもそも何もお願いしていない。
「……許し難いな」
柿澤さんはそう呟いて、私をベッドルームへ連れていった。
「ということで、沙耶ちゃん、君、早く寝なさい」
「え、でもまだ私遊びたいです」
「寝なさい。眠れないなら俺がお薬をあげるけど」
「……おやすみなさい」
柿澤さんの笑顔の迫力に負けた。

翌朝目が覚めると、枕元に小さな箱と、とても大きな箱が置かれていた。
小さな箱には雪の結晶の形をしたネックレス。
そしてなんと、大きい箱には泥酔した彰人が入っていた。
「狭い……」
うなされていたのでとりあえず毛布をかけてあげた。

「俺は何も知らないよ」
柿澤サンタさんにお礼を言いに行くと、涼しい顔で笑っていた。


クリスマスが終わり、柿澤さんが帰ってもツリーはまだ飾られている。
「ツリーを片付けたら、このリンゴで焼きリンゴを焼いてあげよう」
「わあい、楽しみ!」
両手を挙げて喜ぶと、彰人が苦笑する。
「早く食べたいなら、すぐ作るけど」
「ううん、もうちょっとこのままがいい」
「随分気に入ったんだな、沙耶がそんなにクリスマスが好きだとは知らなかった」
「クリスマスが好きだから、じゃないよ」
「じゃあ、どうして」
「内緒」
人差し指を唇に当てて彰人に笑いかける。
柿澤さんがツリーを買ってきてくれたことが嬉しかったから。
ツリーを飾った時のことが楽しかったから。
その後に三人で食べたチョコレートケーキが美味しかったから。
理由は沢山あるけれど、一番はきっと、こうして隣に座った彰人ともう少し一緒にツリーを眺めていたいから。
「来年は何を飾ろうか」
「雪みたいにふわふわの綿がいいな」
「分かった、覚えておくよ」

当たり前のように私達は来年の話をする。
少し先の話。楽しい予定や、未来のことを。
ねえ、だけど、来年も、私達は来年の話をしているのかな。
来年の、その次の、もっとその先は?
冬は好き。
雪はまだ降らないけれど、冬は夏から遠いから心が静かになる。
ずっとずっと、こんな寒い日が続けばいいのに。

「寒くなってきたな、暖房強くしようか」
「うん。あれ……?」
ツリーを眺めながら、私はあることに気付いた。
「……あはは」
「何で笑ってるんだ?」
「何でもないよー」
帰る時の柿澤さんの姿はいつもと何も変わらなかった。
そうか、スペアくらい持っているんだね。
「おかしな沙耶だ」
笑い続けてる私を見て、彰人も笑う。

ツリーのてっぺんに、見覚えのある眼鏡が飾られていることに彰人はまだ気付いていない。
焼き眼鏡は食べたくないけれど、彰人が気付くまではもう少しこのままにしておこう。



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