眠る口元に手をかざして、君がまだ生きていることを確かめている。
うっすらと手のひらに届く熱。
かすかな呼吸の気配。
君は生きている。
まだ、ここにいる。
「……あきと?」
「ごめん、起こしたね」
目を覚ました君は重くまばたきをして、ぼんやりと俺を見つめる。
「彰人は眠っていないの?」
「そのうち寝るよ」
「うん……ねえ、手を繋いで」
手を握ると、君はすぐに意識を失う。
すがりつくように繋いだ手を頬に寄せて、静かな呼吸を繰り返している。
君の世界で、眠りと死はほぼ同義語になる。
君は毎晩眠りながら死に、夢の記憶で溺れるように遊ぶ。
柔らかな水で満たされた水槽が割れれば、君の作り上げた世界は粉々に崩れてしまうだろう。
君の夢は失った夏の欠片だから。
逃避しながら自分を追いつめるという矛盾した行為から、君は逃れられなくなっていく。
深い深い夢の中。
君は決して俺の手が届かない生き物になる。
「……沙耶」
君の名前を呼ぶ。
「沙耶」
繰り返し、繰り返し、何度も。
君の返事がないことに安堵しながら、繋いだ手を握り締める。
繋いだ手が君の熱と脈拍を教えてくれる。
君はまだここにいる。
いつかいなくなってしまうけれど、今はまだ。
別れの日を俺は笑顔で迎えることが出来るだろう。
細い首筋にこれ以上の力を込められない俺は、君の心からの願いを叶えることが出来ない。
だから今はただ、君が夢から目覚めるその日が最良の日になることだけを心から願っている。
沙耶。
君はこの夜を、知らない。
END