僕の初恋の少女
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だけど、そんな日々は長く続かなかった。
ある日突然、僕の大好きだった二人はいなくなってしまったから。

夏休みが終わっても沙耶ちゃんは学校に登校してこなかった。
そこで僕ははじめて彼女が転校したことを知る。
「そうね、あなたは宮野さんと親しかったから……」
彼女のクラスの先生に何度も何度も転校の理由を聞き続け、やがて先生は根負けしたように内緒だと念を押してから彼女が転校した理由を教えてくれた。

「宮野さん、お母さんが亡くなったのよ」

先生の言葉を、僕はすぐに理解することが出来なかった。
「夏休みに、事故だったらしいわ」
息をするのを忘れた代わりに、情報が脳の中に染み込んで僕に理解を促す。
事故……?
沙耶ちゃんのお母さんが……亡くなった?
「宮野さんは親戚に連れられて外国へ行ったそうよ。本当に急なことだったから、連絡先は私にも分からないの。……多分、誰も知らないと思うわ」
「……」
「ねえ、九条くん、大丈夫?」
顔色を失くした僕を気遣う先生を振り切って職員室を飛び出す。
気付けば僕は、上履きのまま彼女の家を目指していた。

走った。
あんなに必死になって走ったことは、僕の人生において後にも先にもあの時だけだ。
上履きは意外に地面をしっかりと捉えて走りやすく、あの時の僕なら多分小学生の世界記録も狙えたと今になっても思っている。

沙耶ちゃんの家の前に着く。
だけど、もうそこには誰もいなかった。
明るくあたたかだったあの家は、静かなただの空き家になっていた。

まるであの二人がいたことが嘘のように。
三人で過ごしたことすら夢のように。

「どう、して……」
全速力で走り続けたせいで潰れそうな心臓を押さえて、僕はアスファルトにうずくまる。
疑う余地も無い。
これは全部、本当のことだった。

生々しい現実に、感情が突き上げてどうしたらいいか分からなかった。
「なんで、なんでなんだ……」
僕は人間がいつか必ず死ぬということは理解していた。
だけど、どうして沙耶ちゃんのお母さんが死ななければいけないのかということに対しては、どんな答えも持ち合わせていなかった。
あんなに優しい人がこんなにあっけなくいなくなってしまうなんて、そんな酷いことがこの世界にあるなんて、僕はそれまで知る由もなかったのだ。

そして、僕を混乱へ陥れたのはそれだけではなかった。

僕が会えなくなったのは沙耶ちゃんのお母さんだけじゃない。
あの年下で泣き虫の、大好きな友達に、僕はもう会う事が出来なくなったのだ。
あの子はもういない。
さよならの言葉も、どこに行ったのかも、連絡先も、何一つ残さず彼女はいなくなってしまった。

僕は彼女に、二度と会えない。

「沙耶、ちゃん……」
打ちのめされて、僕はいつまでも立ち上がることが出来なかった。
「どうして……なんで、どうして……」
彼女が一言も残さずに行ってしまったのか理解できなかった。
僕達は友達だったじゃないか。
こんな別れは唐突すぎる。酷すぎるよ。

どうして、どうして、どうしてなんだと何度も何度も胸の内で叫ぶ。
頼られなかったことが悔しかった。
必要とされなかったことが、僕なんて最初からいらなかったと言われているような気がした。
僕の事なんて、好きじゃないと突きつけられたと思った。

幼い僕はあの瞬間、身勝手に彼女を恨んだ。
そして、何よりも、無力な自分が惨めでたまらなかった。

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