僕の初恋の少女
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「おはようございます」
「おはよう、学校にはもう慣れた?」
「大分迷わなくなりました。春臣くんが色々教えてくれたからです」
「良かったね。あ、今日、君の家に遊びに行ってもいい?」
「大丈夫です。じゃあ帰り、昇降口の所で待ってますね」
「うん。じゃあまた後でね。バイバイ」

転校してきたばかりの彼女は友達が少なくて、僕達は自然と親しくなっていった。
彼女は一人で家に帰れるようにはなったみたいだったけど、なんとなく放っておけない雰囲気があって、僕の習い事のない日なんかは一緒に帰ったりすることもよくあった。

「上がり」
「あー、また負けちゃった」
彼女の敬語がとれる頃には、僕達はとても仲良くなっていた。
お互いに両親が仕事を持っている上に一人っ子だという共通点もあって、自然に遊ぶようになった。
年下の女の子と仲良くしているというのは周りには少し変に見えたようだけど、僕はそういうのはあまり気にしなかった。

「春臣君、トランプ本当に強いね」
「ありがとう」
「一度くらい勝てたっていいのに。私、なんで勝てないんだろ?」
「沙耶ちゃんはね、素直にカードを出しすぎなんだよ」
「だって、早く出せばそれだけカードが少なくなるよ」
「違うよ。こういうのは戦略がないとダメなの」
「戦略、って?」
「ああ、ええと……そうだな。勝つための方法って意味かな。この場合、どのカードをどの順番で出すかってこと」
「春臣君、難しい言葉知ってるんだね。いいな、だから勝てないのかな」
君が弱すぎるだけだと思うけどね。
拗ねて欲しくないから、そんなことは口に出さない。

「ただいま」
トランプに夢中になっていると、沙耶ちゃんのお母さんが帰ってきた。
「お母さんおかえりー」
「お邪魔してます」
「お母さん! 聞いて、聞いて!」
「なあに?」
沙耶ちゃんは、甘えるようにして仕事帰りの母親にまとわりついてる。
その姿ははぱたぱたと尻尾を振っている小動物のようで、僕の目にはとても微笑ましく映る。
「春臣君ってね、すっごくトランプ強いんだよ。私、全然勝てないの」
「沙耶はあんまりそういうのが得意じゃないもの、仕方ないわよ。勝てるまで付き合ってなんてわがまま言ってはダメよ」
「うわあ、何で分かったの!?」
このお母さんは相変わらず鋭い。
自分の娘の事なら何でも言い当ててしまう。
「ねえ、お母さん、三人で遊ぼうよ。お母さんなら春臣君に勝てるかも」
「そんな、私が入ったって楽しくないわよ」
「そんなことないよ、遊ぼうよ。ね、ねっ」
「そうです、やりましょうよ。僕も沙耶ちゃん相手だと歯ごたえなさすぎますし」
「……春臣君ヒドイ」
「あはは、ごめんね」
「ふふふ」
沙耶ちゃんのお母さんも少しだけ微笑む。
空気に溶け込んでいくような微笑み。
この人の笑顔は美しく、それでいて悲しそうだといつも思う。

「ねえ、お母さん、いいでしょ?」
沙耶ちゃんが三人分のカードを並べ始めると、沙耶ちゃんのお母さんも観念したようだった。
「じゃあ、少しだけね」
「わあい!」
沙耶ちゃんのお母さんは娘に対して厳しい所もあるけれど、実は甘い。
そして僕には、その気持ちが少しだけ分からなくもない。
「じゃあ私、二位狙いで頑張るね」
「そうね、頑張りなさい」
本当に沙耶ちゃんが可愛くてしょうがないっていうのがその笑顔から伝わってくる。
こんな風に人に愛されるのはどういう気持ちがするんだろうな、と僕は時々思ったりする。

「はい、上がり」
沙耶ちゃんのお母さんがひらりと最後のカードを置く。
それがダイヤの4だというのだから、また悔しい。
「……負けました」
「お母さん、さっきから一度も負けてないね」
「そうね、運が良かったみたいね」
「もう一度やりましょう」
僕は自ら率先して二人分のカードを配り始める。
「あのう、私のは?」
「ごめんね、一騎打ちだから休んでて」
「えー」
微笑みかけると沙耶ちゃんが小さくむくれた。
「春臣君ってもしかして負けず嫌いなのかしら?」
「そんなことないです」
「春臣君、勝てるまで付き合ってとか、言っちゃダメだよ」
「言わないよ。だって次は勝つからね。……さあ、始めましょう」
「お母さん、頑張って」
「沙耶ちゃん。君は中立なんだから、片方の応援ばかりしないように」
「あ、えっとじゃあ、春臣君も頑張って」
「うん、任せておいて」
「そうね、私も負けるつもりはないけど」
沙耶ちゃんのお母さんが悪戯っぽく笑う。
うん、悔しいね。

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