僕の初恋の少女
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その日の夜、僕はケーキの包まれた可愛らしい袋を眺めていた。
すぐ食べてもいいんだけど、なんとなくね。
これはどうやら手作りのようだった。
そうか、家に母親がいるとこういうものを作ったりするんだね。
趣味というより、愛情の産物?
母の愛情の塊がみっしりと詰まったケーキ。
そう考えると目の前のケーキが、なんだか神聖なもののようにも不気味で薄気味悪いもののようにも思えてくる。
まず、そんなものを僕が食べていいんだろうか。
これは彼女が食べるべきものじゃないのかな?

僕の家には母親がいなかった。
父はいたけれど色々と関心のかたよっている人で、僕の家の中に家族という結束や連帯感のようなものはほとんど存在していないと言っていい。
だけど僕はそれが嫌だとか、どうにかなったらいいのにとか、そういうことは思ったことがなかった。
最初からそういうものだったからだ。

ただ……。
僕はケーキを見つめ、またあの親子のことを考えてしまう。
ああ、どうしてだろう。僕が他人に興味を持つなんて珍しいことだった。
まして、自分の感情が整理出来なくてこういう風に考え込むというのは滅多にないのに。

優しい母親に無邪気な娘。
二人はとても仲睦まじく幸福そうだった。
世の中の家族はこんなに仲が良いものなのかなあと考えて、それは僕にとって未知数すぎるために全く分からないということ気付く。

「はあ……」
とうとう僕はため息をついて、認めてしまうことにする。
うん、まあこれは、白旗なんだろう。

別にこれは、羨ましいとか、そういうことじゃないと思うんだ。
ただ不思議。そう、不思議。
あんな、絵本みたいな親子がいるなんて。
きっと彼女は僕の知らない家族の愛情とか、無条件で許されることとか、そういうものを一杯持っているんだろう。
だからあの子は、あんなに無邪気でいられるんだ。


これは後で分かった事だけど、彼女も僕と同じ片親だった。
僕はそこでまた、とても驚く。
だって母親がいない僕の家と父親のいない彼女の家だと、家の中の空気や仕組みとか、もうまるで全てが違うんだ。

そこで僕はまた悩んでしまう。
子どもにとって必要なのは母親だけじゃないんだろうかって。

一般的に、仕事をしてお金を稼ぐのが父屋の役割で、家で家事や子育てをするのが母親の役割って言うと思う。
うん、言うよね。
僕の父親なんかはその典型的だ。
働いて、お金を稼ぎ、家事は家政婦に依頼。
うん、それでいい。
父は自分の役割の中で精一杯頑張っている。
それは僕だって分かってる。
でも、彼女の母は仕事をしながら一人で娘を育てている。誰の手を借りることもなく。
すごいね。

一度、意地悪だなと思ったけど、彼女にお父さんがいなくて寂しくないかと聞いた事がある。
彼女は一瞬キョトンとした後に、お母さんがいるから全然寂しくないと屈託なく答えた。
すごいね、彼女に片親だというコンプレックスはひとかけらもないんだ。
彼女の母は一人で二人分の役割を十分に果たしている。それも完璧に。
これは本当にすごいことだと僕は思う。

これは単なる父親と母親の違いなのか、それとも人間性の問題なのか。
前者だとすれば、僕は自分が男であるということに疑問を持ってしまう。
いや、持っても仕方がないけどね。
そして後者なんだとすれば僕は運が悪い人間だったということだ。

それはちょっと、生まれた時からスタートラインが後ろにあるようで、切ない。
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