水飛沫

「……んっ、あ、はあ」

どれくらい走ったか覚えてない。
行き着いたのは、家からそんなに離れていない公園だった。
あんなに走ったのに結局見知った所にしか行けないなんて、
私はどこまで無力なんだろう。

ふらふらと、公園の中に足を踏み入れる。
気がつけば驚くくらいに小さくなったセミの合唱。
首筋を伝う汗を生温い風が撫でると、
不意にゾクリとするくらいに冷たい。

終わる終わる。夏が終わる。
私に現実を突きつけて嘲笑うみたいに。

地面に転がるセミの死骸が自分に見えた。
このセミみたいにあっけなく、私の脆い生活は終わってしまうんだろう。
それでも私は空を睨みつけて、呟く。
世界に神様がいるなら聞こえるように。
いないなら、自分に言い聞かせるように。

「……現実なんて、見てやらない」
そんなに現実を見せたいのなら、私を殺せばいい。
お母さんみたいにあっけなく、簡単に。
そうした方がずっといい。誰のためにも、絶対いい。


「……気持ち悪い」
自分の体が熱かった。
目に付いたホースを掴むと、水道の蛇口をひねって一気に自分の頭へと降りかける。

「あははっ」
頭から水を浴びると、口から機械的な嬌声がこぼれた。

「あははははっ」
もっと笑って、ホースを振り回す。
水飛沫がキラキラ光って、でもそれがきれいだとはどうしても思えない。
もっともっと、ホースを振り回す。
ねえ、これは綺麗だよね。 水遊びなんだもん。
私は今、楽しいんだよね。

「あはははは……は」
笑い声が、喉にひっかかて止まる。
虚しさが一気に体を駆け巡って、ホースが指から滑り落ちた。

ああ……私は何を、やっているんだろう!

ぬかるんだ地面に膝を折る。
止まらないホースが水を吐き出して、頭からずぶ濡れになる。

私は、馬鹿だ。
この家に帰ってくれば何かが変わるんじゃないかと思った。
春臣くんと話せば、どこか遠くへ行けば、水を浴びれば、笑えば、
その度に何かが変わるんじゃないかと淡い期待を抱いた。
でも現実はやっぱり、何も変わらない。1ミリも変わらない。

私は一人。一人ぼっちのままだった。

「うっ、あ、あぁ……ああ!」
疲れていた。
振りそそぐ水飛沫。
このまま死ねたらどんなにいいだろうと思った。

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